「ど、どうしよう……」
廊下の真ん中で立ち止まり、アンジュは真っ青な顔で頭を抱えていた。
その後ろには、心配そうに彼女を見つめるココノとユリエルの姿。二人はアンジュの背中に近づき、今にも震えて泣き出しそうなその肩を叩いた。
「もう一度、探してみよう? もしかしたら、見落としてたところがあるかもしれないよ」
ココノがアンジュの顔をのぞき込み、柔らかな微笑みを見せる。
「大丈夫、絶対見つかるよ! 私たちも協力するから!」
ユリエルは力強くそう言って、拳を握った。
「……うん。ありがとう、二人とも……」
アンジュは二人の顔を交互に見て、小さく頷いた。
――ここで、時は数十分前にさかのぼる。
「ええーっ!? アンジュって、軽音部のボーカルなの!?」
放課後の教室に、驚きの声が響き渡る。
わずかに残っていた生徒は、その声に一度は振り向いたものの、すぐに友人との語らいに戻った。今まで何度となく見てきた、よくある光景だ。注目するほどのことではないのだろう。
その声を間近で受け止めたアンジュとココノも、顔を見合わせて口元を緩めた。
「ふふっ、びっくりした?」
微笑みを返されたユリエルは驚きのあまりしばし固まっていたが、やがてハッと我に返った。
「ご、ごめんね。大声出して」
アンジュは笑顔のまま、小さく首を振る。
「ううん、気にしないで」
アンジュとココノ、そして先日転校してきたユリエル。「小さな歓迎会」以来、この三人はすっかり親しくなっていた。
今では昼食を囲んで食べることはもちろん、休み時間のたびに集まってお喋りを交わす仲だ。
放課後ともなると、それぞれ委員会や部活動があるため、一緒に過ごせることはあまり多くないのだが、今日は偶然にも三人とも予定が空いていた。
そんなわけで、三人は放課後の教室に残り、休み時間の続きとばかりにお喋りを楽しんでいたのだった。
隣同士のココノとユリエルが机をくっつけて座り、アンジュがそこへ椅子を持ってくる。昼食の時と同じスタイルだ。
事の発端は、アンジュが「今日は部活が休みだから、私も放課後空いてるよ」と口にしたことだった。そこから互いの部活動の話になり、アンジュが軽音楽部の部員であることを知ったユリエルが、思わず驚愕したのである。
「こう言うといつも驚かれちゃうんだよね、アンジュちゃん」
「クラス委員と軽音部員って、なかなか結びつかないもんね」
そのアンジュの言葉に、ユリエルは頷きながらもにっこりと笑って答えた。
「でも、納得かも。アンジュの歌声、すっごく綺麗だし!」
真っ直ぐに歌声を褒められ、アンジュは「そ、そうかな?」と照れた様子を見せた。
「アンジュちゃんはボーカルだけじゃなくて、ギターもやってるんだよ」
「じゃあ、ギターを弾きながら歌ってるんだ!」
「うん。これが、今練習してる曲の楽譜で……」
と言いながら、アンジュは側に置いてあった鞄から楽譜を取り出し、一枚一枚机の上に置いていった。が、最後の一枚を置いたところで、アンジュが「……あれ?」と呟いた。
「……楽譜、一枚足りない」
「えっ!?」
ココノとユリエルが同時に声を上げる。アンジュは慌てて鞄の中を確かめた。
「そんな、昼休みのミーティングの時にはちゃんと持ってたのに……どこかで、落としちゃったのかな……?」
しかし、鞄の中を探しても楽譜は見つからない。次第にアンジュの瞳には、翳りが落ちてくる。
するとユリエルが、勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
「探しに行こう、アンジュ! アンジュが歩いたところを探せば、絶対どこかにあるはずだよ!」
「あっ、私も手伝う! 行こう、アンジュちゃん!」
ココノも続いて立ち上がり、アンジュを促した。
二人の言葉を受け、不安を映していたアンジュの表情は徐々にほころんでいく。頼もしい二人の笑顔に頷き、アンジュはようやく立ち上がった。
「……ありがとう!」
そうして三人は、アンジュの楽譜探しを始めたのだった。
部室へと続く廊下から始まり、その階の廊下全て、念のため階段も見に行った。
1年9組に戻り、教室の中を調べたりもした。落とし物として届いているかもしれないと思い、職員室前のガラスケースを確かめにも行った。
しかし、どこにも楽譜は見当たらなかった。
もう一度最初から探し直してみよう、そうココノとユリエルは言ったが、アンジュは、もう望みがないような気がしていた。
肩を落としてとぼとぼ廊下を歩き、部室の方へ戻ろうとしていた、その時だった。
「あれ? 部室の前に、誰かいるみたい」
ユリエルの声に、アンジュは思わず立ち止まった。
見ると、軽音楽部室の扉の前に一人の女子生徒が立っていた。扉を何度かノックし、首を傾げている。返事がなかったためだろう。
「……セツナ先輩だ」
そこにいたのは、黒の髪と瞳を持つ、長いポニーテールの少女。この学院に知らない者はいないであろう人物――生徒会長のセツナだった。
どうやら軽音楽部に用事があるようだが、声をかけないことには何もわからない。「ごめんね、ちょっと待ってて」とココノとユリエルに告げ、アンジュは駆け足でセツナに近寄った。
「セツナ先輩!」
アンジュの声に気づき、セツナが振り返る。近くで見ると、その立ち姿はいっそう凛々しく見えた。
「すみません、今日は活動日じゃないので、部室は閉まってるんです。何かご用ですか?」
「ああ、これを届けようと思ってな」
そう言ってセツナが差し出したのは、今まさに、アンジュが探していたものだった。
「私の楽譜……!」
「やっぱりお前のものだったか」
「はい、あの、どこでこの楽譜を?」
「生徒会会議室に落ちていた。昼休みに、部長と一緒に来ていただろう? あの時に落としていったものだと思って、持っていたんだ」
そういえば、とアンジュは思い至った。
ミーティングの後、練習のために講堂の使用許可を申請しに行く、と言った部長に、アンジュもついて行ったのだった。その時に楽譜を落とし、気づかずに教室に戻ってしまっていたのだろう。
「大事なものなんだろう? 今度は落とさないように、大事に持っているといい」
手渡された楽譜をしっかりを受け取り、アンジュは力強く頷いた。
「じゃあ、私はこれで」
「はい、ありがとうございます!」
踵を返して去っていくセツナの背中に、アンジュは深々と頭を下げた。
楽譜を手にし、教室へと歩いて行くアンジュの顔は、喜びに満ちていた。隣を歩くココノとユリエルも、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「見つかってよかったね、アンジュちゃん」
「楽譜がなかったら、折角のギターも弾けなくなっちゃうもんね」
しかしそこで、アンジュは「ううん」と首を振った。
「楽譜の内容は、もう全部頭の中にあるの。ほんとは見なくても弾けるんだよ」
「えっ?」
「そうだったの!?」
その言葉に、二人は思わず目を丸くしてしまった。「でも、」とアンジュは言葉を続ける。
「この楽譜には、部員のみんなと一緒に過ごした時間が……大切な思い出が、たくさん詰まっているから。……だから、無くすわけにはいかなかったんだ」
そう言って、楽譜を持つ手に力を込めた。
その様子を見て、アンジュが楽譜と部員たちに寄せる思いを、二人とも感じ取ったのだろう。ココノも、ユリエルも、何も言わずに微笑んでいてくれた。
「そうだ、ねえココノ、ユリエル。……よかったら、文化祭のライブ、見に来てくれる?」
アンジュの問いかけに、二人は満面の笑みを返した。
「もちろん! ココノも行くよね?」
「うん、言われなくても行くつもりだったよ!」
「じゃあ、尚更張り切って練習しなきゃね!」
二人の親友のためにも、最高のステージを作り上げよう――決意を新たに、アンジュは廊下を歩いて行った。
学パロリレー3話目ということで、ココノちゃん、ユリエルちゃん、セツナちゃんと交流させていただきました。
アンジュの部活に関する話と、生徒会に関わる話を同時にやろうと思った結果こうなりました(笑)
【友情出演】
「
にきゅにきゅしいやつら。」ココノちゃん
「
つばさのないものがたり」ユリエルちゃん
「
一刀両断」セツナちゃん